テ・アナウでの日々~ツトコスタッフブログ

ニュージーランド南島、テ・アナウを拠点にトレッキングが中心の自然を対象にしたツアーを催行する会社スタッフのブログです。

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御柱祭 by まるど

 日本はGW 真っ最中。毎日、お天気もよく、気温も上がって、やっと暖かくなりました。私の部屋は二階にあるので屋根の温度で室内温度が上がり、もうすでに暑いくらいです。



 私と天が、GW を過ごすのは数年ぶりのことですが、例年より早めに帰ってきた理由の一つは、私の実家、諏訪地方で数え歳で7 年毎(実年で6年毎)、開催される日本三大奇祭「御柱祭」のためです。



 この「御柱祭」について解説すると大変なことになるので、こちらをご覧ください。日程などが掲載されている諏訪観光連盟のサイトはこちらです→ http://www.onbashira.jp/



 御柱を簡単に言うと、日本三大大社の一つである諏訪大社は数えで7年毎、お社を建て直さないといけないことになっており、全部を立て直すのは無理なので、四隅の「柱」だけ建てようということになった、それが御柱祭ということになります。



 神さまの住むお宮のお社を建て替える御柱祭、とにもかくにも諏訪地方の人たちにとって、とても大切なものです。



 御柱のある年は大切な年ということで、結婚とか家の改築とか大きなお金のかかることは避け、とにかく御柱に集中する、という感じです。



 私も小さい頃からそう教えられ、御柱がある度、地域のはっぴを着て、頭に手ぬぐいを巻いて、「御柱」と呼ばれる大きな丸太を引っ張っていました。特に上社は、今の家に引っ越す前は近くに住んでいたので、遊び場の一つでした。

 その小学校の時、高校生の時、大学生の時、社会人になってから、天と結婚する前、NZ に行ってからも二度の御柱があり、今回はNZ から戻ってくる三回目の御柱です。



 食べることが好きな天には、「御柱街道(御柱が移動する道)の家々は誰が来ても暖かく出迎えてくれるから、お酒も飲めるし、食べ物も食べれるよ」と行って、一緒に行っています。実際、振る舞い酒や美味しい食べ物を出されて、返って恥ずかしいほどです・・・。

 

 また、実家の両親は、先々回の御柱からか、「次の御柱(6年後)も見られるかな・・・」と言いますし、先回の御柱で私と天が「知り合いの友人の友人宅(?)の屋根からで建て御柱を見たよ」といったら、「お母さんは、そんなに近くで見たことがない」とヤキモチを妬かれたこともあります・・・。



 2 日は父が地域の当番で見回り(御柱期間中は留守宅が多いので空き巣も増えるらしく、地域で当番を決め何人かは残って見回りをします)をしなくてはならなかったので、里曳きには行けなかったのですが、昨日、3 日は建て御柱を見に出かけました。



 今回もたくさんの人だし、両親も若くないのでこの建て御柱が見られないのでは、と思っていたのですが、御柱を建てるお宮近くの小山裏道を山岳ガイド(?)天の誘導で登り、前宮一(諏訪上社の近くにあるお宮の一つ目の柱)の建て御柱を見ることが出来、先回、ヤキモチを妬いていた母も喜んでいました。



 以下の写真で御柱が少しづつ建っていくのが判りますか?

 

 「木遣り」と呼ばれる独特の掛け声の後、戦闘ラッパが鳴り、少しづつ建てていきます。



 諏訪大社は農業・戦いの神様ということもあり、この「柱」は「男性」のことを表わす、と聞いたことがあります。



 「凍みる」と言い合う、長い諏訪の冬の後、暖かくなった春にお社の柱を氏子(諏訪に住んでいる人たち全員とその家族)皆で建てるお祭り。今日、4 日は本宮(上社)の建て御柱ですが、今日はTV でその様子を見ることにします。



 この記事を読んで御柱に行ってみたい!という方、もう一つのお宮、下社(諏訪郡下諏訪町)での里曳き&建て御柱は、5/8 - 10 になります。最後の高速代1000 円を利用してお出かけください。

 


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日本に上陸しました by まるど

 怒涛のように掃除した毎日を終え、18 日夜半NZ を出国して19 日朝関空に到着しました。

 機内で聞いた「現地の気象状況」の「現在の気温は12 度」にびっくり。大阪だから朝でも20 度近くあると思っていたのに・・・、「やっぱり二週間早いと違うなー」と思ってしまいました。



 アリタリア・フィンエアー・KLM がブリッジに横付けされることなく滑走路からも離れた所に駐機してあるのを見て、出発便ボードの「キャンセル」を見て、「アイスランド火山噴火の影響」を実感しつつ、日本に上陸。



 いつもより二週間早い日本入りだから気温が低い、と思っていたら、今年の春は気温が低く、暖かくならないと知って、「え”-っ?」。日本到着後、天の実家、名古屋で一週間過ごしたのですが、あまりの寒さに体温の高い天は「暑くなくていいにゃー」。

 それに反して寒がりのまるどは遂に熱を出し、14 時間睡眠するほどに。多分、疲れがどっと出たんでしょうね・・・。



 26 日にはまず私だけ実家の茅野に来ました。

 私はどうも中央西線の振り子特急が苦手なので、時間がかかってもいいやと普通電車で移動します。

 中津川から塩尻のワンマン電車の車窓からは桜咲く木曽路。日本の桜を見たのは10 数年ぶりで、子供のように窓にかぶりついて見ていました。



 名古屋と6 度違う茅野はもっと寒く、部屋にヒータを入れてもらうほど。「私、ここで育ったんだ」と思うと、よく小・中・高と通学したなと思ってしまいました・・・。

 早めに帰ってきた理由でもある、6 年毎の奇祭・御柱祭の里曳きには天も来るので、「暑いー」と言うくらい気温が上がって欲しい・・・。

 

 29 日から大型連休が始まり、GW 中はいいお天気になるらしいです。何でもいいから早く暖かくなってと思っているまるどです。


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大掃除の毎日 by まるど

 暦はあっという間に4 月になり、4 日からは通常の時間に戻って、日本との時差は3 時間になるのと同時に日も短くなり、6 時半ともなればもう真っ暗です。



 だらだらしていた3月下旬、ミルフォードロードの閉鎖で気合を入れられ、エンジンがかかったまるどはいつになく集中!して、来シーズンツアーの設定や会計をやりきりました、その頑張りと言ったら「自分で自分を褒めてやりたい」ほどです。



 ツトコもシーズン最後のハイキングを終了し、9 日に冬季クローズしました。今シーズンも皆さまのお蔭で怪我・事故なく、無事に終了することができました。



 ツトコの仕事が終わると、日本へ行くまでは「お片づけの日々」。

 特に、4 月2 日から5日のイースターホリディ、オフィス冬季クローズ後の10 と11日の週末はお天気のいい日が続いたので、天が家の外回りと車の手入れ、私も草取りに浴室のカビ取りと「とにかく大掃除の日々」です。



 しかし、問題は、伸びすぎて手が届かないアーモンドの木をどうやって切るか・・・でした。



 そこで天が、近くのDIY ショップで安売りしていたのを見つけて買ってきたのが、日本のテレビショッピングで見るような「高枝切りバサミ(?)」。でも、本当に切れるのかなぁ?、払った金額が無駄にならない?、と思ってしまうようなシロモノです。



 いつも着ている作業用シャツに着替え、短パン&ガンブーツ(長靴)を履いて、作業開始!

  鋏についているヒモを引っ張って、枝を切るのですが、見ていると、う~ん、大変そう・・・。



 でも、本人は嬉々揚々と枝を切っております。

 

 天は日本では床屋さんだったので、「切る」のはお手の物。アーモンドの木は高校球児みたいな丸坊主くんの木になりました・笑。



 そして、切った枝を違う鋏で細かく切り、それを庭に厚く蒔きます。通常、こちらではピーストロー(豆を収穫後の茎を干したもの)を霜よけや雑草対策に厚く蒔くのですが、我が家はリサイクルでこの枝のチップを蒔きました。



 太い枝を細かく切った天は、「疲れたー」、そりゃ、大変だよね、お疲れさまでした。



 今週から出発する18 日までは、オフィスの掃除、家の部屋・浴室&トイレ・台所・冷蔵庫の掃除、食べ物の整理、と、掃除そうじ、また掃除の毎日です。



 日本へ行くのも、今年で17 回目になりました。あと、何年こういう生活が続くのかな、と思いながら掃除しています。

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人生の寿命 by まるど

今日のテ・アナウは気温は低めですがとてもいいお天気です。

 先週で今シーズンの仕事を終了したレイザーJT は「今年は早めにNZ を出ます」と言っていたもののフライトが混んでいて、例年通りテ・アナウにいることに・・・。今日が晴れるとのことで、昨日からクライミングに行っています。



 もうシーズン繁忙期が過ぎて、オフィスに来ても気が抜けている天は、休みが溜まっているので、今日は休み。天気がいいので、ベッドの布団を冬ものに変えたり、芝生を刈ってもらうようお願いしました。



 昨日、天がインターネットを一生懸命やっているので、覗き込んだら、「寿命占い」をしていました。「遊んでるな、コラッ」と怒ろうと思ったのですが、その内容に私もやってしまいました。その結果は、天が91 歳、私が93 歳・・・、まぁ、長生きなこと・・・。



 実は私、自分で目標寿命年齢を85 歳にしています。これは83 歳で亡くなった母方の祖母がよりも長く、ということと、以前、ご一緒してお客さま数人がその83 歳でもお元気でいらっしゃるのを見て、それならとこの年齢に定めました。



 私を含め、弊社スタッフは飲酒も喫煙もしませんし、皆、自炊派で野菜中心だし、トレッキングガイドだし、(私以外は)仕事のストレスもないし、で実に健康的な生活なので長く生きるために「何かを変える必要」は特にありません。



 でも、体を使う仕事だけにアラフォーを過ぎ、アラフィーの天と私は体に「ガタ」が来ています。

 天は体を酷使してガタが来ているのですが、私の場合は体のバランスが悪くてガタが来ている、ようなので、長生きのためにはこれを解消しないといけません。



 そこで、体の歪みを作る要因と言われる「歯」を治療し始めました。NZ は欧米流なので、皆、歯並びがよく、こちらへ来てから気になっており、色々調べてみると噛み合わせも歪みや体調に関係していると知りました。また、付き合い始めてからずっと歯並びのいい天に「歯」のことでいぢめられてきたという理由もあります。



 40 歳で始めて、ここ4 年間、日本にいる間、時間を作って実家近くの歯医者さんに通院。

 ここは「抜かない、削らない、できるだけ歯を残す」「長くお付き合いしましょう」と言う歯医者さんなので、患者側も「治療だけしてくれればいい」という考えではダメです。最初は厳しいそうだった先生も考えがきちんとしているからと判り、まさに、まるど向けの歯医者さん!です。

 

 小さな虫歯治療、毎日のケア、昔やった治療のやり直し、大学病院にも行った根治治療、金属アレルギーが出たため詰め物を少しづつセラミックに変える、をやり、やっと「歯科矯正」までたどり着きました。

 この間、「頭痛」、「肩こり」、「耳鳴り」、「寝つきの悪さ」などなどが無くなったり減ったりして、治療の結果がでています。



 天や家族に「その歳で歯科矯正?」と言われましたがかかりつけの歯医者さんでは40 代、50 代の歯科矯正の方もいらっしゃると聞いて、決心!! こちらに戻る昨年10 月に型取りをして、型を送ってもらって、1 月末から始めました。



 「えっ?矯正って、あのワイヤーをはめるヤツでしょ?、”型”じゃないよね?」、チッチッチッチ・・・。

 私が始めた矯正はインビザライン(Invisalign)と言う方法で、プラステックの型を二週間ごと変えていく、というもの。NZ にいて通院できない私は先生と何度も話して、この方法にしました(詳しくはこちらのヴィデオをご覧ください)。



 アメリカにあるアライン社で作成された私の型は28 セット。

 ← こんな箱に入って、UPS で送られてきました。小さな箱は先生が送ってくれたアライナー用の洗浄剤です。



 28 セットと言うことは二週間ごとなら、56 週とほぼ1 年で終了ですが、先生のチェックが受けられないので、一つを3週間ほど装着することになりそうです。「急がば、回れ」ですね。





 一つの袋は左のような感じで、「28 セットの何番目」の記載があります。



 また、アライナーは右のこんな感じ、上下とあります。歯並びの悪い所がありますが、これが1 セットで、0.25mm ずつ動いていくそうです。



 この方法は、①毎日20 時間以上装着すること、②食べる時は外し、歯磨きをして(口をすすいで)からはめること、を守らないといけませんが、「付けていることが判らない」、「好きなものが食べられる(すぐにはめないといけないけど)」というのは大きなメリットですね・・・。



 ワイヤーで矯正した友人に「矯正は最初は痛くて食べられないから体重が落ちて痩せるよ」と言われていましたが、これは少し締め付けるような痛みがあるだけで、食事の時は外すので全然痩せません・笑。

 そうだ!この代金まだ支払っていない!。日本に行ったら、しっかり働かないといけないです・・・。



 まだ時間はかかりますが、「来年の今頃は綺麗な歯並びになっているといいな」、を楽しみにやっていきます。さぁ!次は腰痛解消法だ!!

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息抜き・2 by まるど

 と言うことで昨日の続き、です。



 有楽町駅の吉野家牛丼を食べ、元気が出て、「他の人を助けたい!」と献血に行ったのに断られ落ち込んだまるどは、天に引きずられるようにして秋葉原へ向かいました。



 ここで落ち合うのは、今から17年前の1992年、天がNGO の活動でネパールへ一ヶ月行った時に一緒だったF川ジィ(「ジィ」というのはネパール語で「さん」と言う意味。F川ジィは天のことを「小川ジィ」と呼びますが私のことはそのまま「さん」付けなの・・・)。



 F川ジィは、首都圏内に「ない」、日本でトップクラスの大学を卒業し、そこで学んだことを活かしてある企業に就職したものの、その研究を更に昇華させたい!と、3年前に退職して大学院に入りなおした「研究者」。今は学生の身分ですが、可愛いお子が二人もいるお父さんなので、生活は理解ある奥さまと助け合っています。



 先回、会ったのは会社を辞める前の3年前。どんな風になったかな~と思いつつ改札へ行くと、大きくなった(=太った)F川ジィがいました。でも、しゃべり方やビートたけしのように首を回す癖はそのまま・笑。



 秋葉原で会ったのはジィのお宅に行く電車の出る始発駅(と言うとどこのことか判っちゃうかな?)だし、3年間に連れて行ってもらった、秋葉原駅前の「100円飲み屋」を私が気に入り、未だに話すので、またここに行こう、というためでした。



 「どこに行く? やっぱりあそこ?」と言いながら、まずはその店に。



 早めの時間だったので、店内はがら空き。まずは天とF川ジィはビール、私はチューハイで乾杯。そこは安いので「2時間」と言う時間制限がありますが、2時間なんてまだまだと、その後は、ジィが研究している内容を聞き、私たちの会社の話しをし、お互いの生活の話しをして、3年分のブランクを埋めるように話しが盛り上がりました。そのせいか、時間を忘れてしまい、店主のおぢさんに「そろそろですから」と言われるほど。



 まるどお気に入りのお店を退散した後は、近くの居酒屋に移動。ここでは、F川ジィのお友達も合流したのですが、その方は旅行業界に身を置く方だったので、元同僚さんが、私がよく知っている人だったりして、「世間の狭さ」を感じてしまいました。



 そして、酒に強い天は何ともなく、外見とは違い酒に弱いまるどはチューハイでへろへろに・・・。

 この日は平日でもありましたので、お仕事や学校のあるお二人のことを考え、早々とお開きにしました。



 最後、秋葉原の駅で別れる時、「お互い、頑張ろうね」といって、握手&ハグハグ。

 それぞれ、戦っている場所は違えど、確実に前に進んでいることを認め合える、気持ちのいい夜でした。



 息抜きも終わって、まるどは11日に次の添乗の打ち合わせ。天も、12日から説明会で日本中を回る日々。



 さ、また、がんばるとするか。 

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